『世論調査の真実』 追加の文献・図表・注など

 

【誤字等】。

<1刷> 67頁・本文3行目:(誤)投票率  (正)得票率

 

【プロローグ】

このシミュレーションでは、標本サイズを2500とし、標本数を7920とする、独立の復元・単純無作為抽出を適用した。

実際の世論調査では、7920回の標本抽出は独立に実施するが、2500の要素抽出は非復元抽出、あるいは系統抽出が適用されている。

つまり同じ番号(要素)は1回の調査においては重複抽出されない。

 

 

利用した疑似乱数はメルセンヌ・ツイスタ―。

プログラムはSAS(初期値は著者の誕生日)

data save.poll ;

       nofs = 7920 ;

       size = 2500 ;

       call streaminit( 19570527 ) ;

       do survey = 1 to nofs ;

              do i = 1 to size ;

                     u = rand( "uniform" ) ;

                     x = ceil( u * 100000000 ) ;

                     output ;

              end ;

       end ;

       keep x survey ;

       stop ;

run ;

 

 

NHK「首都圏情報ネタドリ!」は2021116日放送。

100人に聞いてみた! 若い世代の本音は・・・」

 

【第1章 】

他社の世論調査データは朝日、読売、時事の3社を分析。データは章末に示した文献に掲載されている表から手入力した。入力ミスがあるかもしれないが、もしあれば、それは著者の責任である。

 

吉田内閣から中曽根内閣までの内閣支持率。朝日、読売、時事の調査結果をひとまとめにして要約。数値ラベルは最高値と平均値につけたが、最低値にはついていない。

 

 

 

政党支持率が一度でも10%以上を獲得したことのある8

 

政党支持率30%以上を獲得した政党の支持率推移グラフ。

本書では紙幅都合で年平均にまるめた図表を掲載したが、各回調査データは以下のようになる。

民主党の後継の意味もあり、民進と立民もグラフに加えてみた。カラーでないと識別しにくい。

 

 

 

年平均にまとめたグラフ(本書と内容は同じだが、少し見やすい)

 

 

34年間の日経平均と自民党支持率(本書掲載と同じ内容のグラフだが、やや見やすい)

 

回帰分析の結果

 

予測値と実測値(自民支持率)

 

 

小泉内閣時代の、日経平均と内閣支持率

 

 

 

自民支持率と内閣支持率(本書と同じ内容だが、やや見やすい)

 

 

自民支持率と内閣支持率(調査単位のグラフ)

 

折れ線グラフ同士で比較するグラフ。やはり自民支持は棒グラフにしたほうが見やすい。

 

内閣支持率のパターン(棒グラフは政党支持、実線は内閣支持率、破線は不支持率)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

非自民8党派(細川内閣〜村山内閣)の内閣支持と不支持

 

 

 

 

民主党政権の3内閣をまとめて描く支持率

 

 

 

 

 

民主党政権における民主支持率と内閣支持率の関係

 

 

 

 

内閣支持率の要約(本書と同じ内容)

 

内閣ごとの、内閣支持率と自民支持率の相関係数

橋本内閣がもっとも低く、竹下内閣がもっとも高い相関(本書では文章のみ)

 

 

菅内閣は新型コロナ感染者数の増加と、逆相関。12月までは4次多項式でほぼ一致。

(月次調査の中間の週の内閣支持率については補完値を与えて計算したもの)

 

 

菅首相は2020916日に誕生し、202193日に退陣表明(930日が総裁任期)。菅内閣支持率のデータは20218月末をもって最後となる。約1年の菅政権のパターンと感染者数(週平均)。「龍頭蛇尾」に分類できるが、単調に下降したのではなく、不支持に逆転された後に、一度だけ支持が再逆転した。しかし、わずかであり逆転は続かなかった。

 

 

 

 

【第2章】

 

選挙予測調査における誤差

 

 

1998年参院選における各社の予測議席数(1998715日の朝日新聞朝刊から5社について抜粋して鈴木が作成)

 

投票に「行く」という情勢調査の回答と、実際の投票行動(結果)を比較。

「行かない」という回答者でも、3割は実際には行っている。

 

 

【第3章】

 

東京五輪に関する、各社の質問文と調査結果

 

米国同時多発テロに関する、各社の質問文と調査結果

 

標本の年代構成比を、母集団の構成比と同じにするための重みを付けた集計結果

2016年の実際の調査結果を事例として)

本文では、数表を省略して文章だけで説明したが、気になる読者もいると思うので、数表を示す。

2016年の調査、すなわち20歳代の回収率が最低の状況になっていた当時の調査結果を使っている。

 

<回収率の影響>

 本文では具体的な議論を省略したが、回収率が低いことの全体値に対する影響は、構成比の影響とは違って、深刻になる場合がある。

この議論は数表がないと理解が面倒だと思われるので、本文だけで説明するのを省略したのだが、ここでは数表を確認しながら理解されたい。

内閣支持率の年代別の分布は、前の2016年の同じ調査事例を使っている。

 回収率の影響を確認するために、20歳、30歳、40歳代では、回収群の内閣支持率よりも20ポイント低く、50歳、60歳、70歳以上では10ポイント低い場合――を仮定する。

 このシミュレーションでは、回答群だけの調査結果である内閣支持率44%に対して、計画標本の全体では36%となり、8ポイントも低い。これが非回収誤差の大きさである。

 非回収群が支持率0というよりも、ゆるい仮定であっても、8ポイントという大きな誤差を生じさせている。

 

 

【第4章】

 

195155日の上院軍事外交合同委員会・公聴会におけるマッカーサー証言の原文はいくつか信頼できるソースから得られる。

本書のリードでは、最初の一言を省略し、冒頭から「12歳の少年」までを訳したが、原文は以下の通り。

RELATIVE MATURITY OF JAPANESE AND OTHER NATIONS

 

General MacArthur.

 

Well, the German problem is a completely and entirely different one from the Japanese problem. The German people were a mature race. If the Anglo-Saxon was say 45 years of age in his development, in the sciences, the arts, divinity, culture, the Germans were quite as mature.

The Japanese, however, in spite of their antiquity measured by time, were in a very tuitionary condition. Measured by the standards of modern civilization, they would be like a boy of 12 as compared with our development of 45 years.

Like any tuitionary period, they were susceptible to following new models, new ideas. You can implant basic concepts there. They were still close enough to origin to be elastic and acceptable to new concepts.

The German was quite as mature as we ware. Whatever the German did in dereliction of the standards of modern morality, the international standards, he did deliberately.

He didn't do it because of a lack of knowledge of the world. He didn't do it because he stumbled into it to some extent as the Japanese did. He did it as a considered policy in which he believed in his own military might, in which he believed that its application would be a short cut to the power and economic domination that he desired.

Now you are not going to change the German nature. He will come back to the path that he believes is correct by the pressure of public opinion, by the pressure of world philosophies, by his own interests and many other reasons, and he, in my belief, will develop his own Germanic tribe along the lines that he himself believes in which do not in many basic ways differ from our own.

But the Japanese were entirely different. There is no similarity. One of the great mistakes that was made was to try to apply the same policies which were so successful in Japan to Germany, where they were not quite so successful to say the least.

They were working on a different level.

 

CIEの設立当時の記述は、章末の文献リストにあげた川島(1995)の「日本占領及び管理のための連合国最高司令官に対する降伏後における初期の基本的指令」などから引用している。鈴木は川島が示した史料の原典を未確認である。翻訳も川島によるもので、孫引きである。川島からの引用部分は括弧で囲んだ。

 

 内閣情報局に輿論調査課を設立する当時の記述は、章末の文献リストにある『日本世論調査史資料』に負うところが多い。ここに収録されている資料は、日本世論調査協会の機関誌「よろん」からの再録が多い。再録されていない文書も含めて「よろん」の古い巻号を参照している。

 この「資料」の記述の中に、政府世論調査の禁止の理由として、マニラ軍事裁判に関する世論調査の企画が指摘されている。その典拠は、高月東一「戦後世論調査秘史」としているのだが、これ以外には証拠が見当たらない。

 高月の「秘史」は、既存史料などの聞き書きの集成のような読物で、高月自身の当事者としての同時代記録ではない。史料としては疑わしいところがある。どこまでが事実なのか、どこから想像なのか区別がよく分からない。マニラ軍事裁判に関する世論調査は、政府内で企画された事実があるのかも知れないが、以上の理由で否定的に扱った。

 

 GHQのメンバーに関しては、ハリー・レイのオーラルヒストリーを主に参照している。当事者の発言は、鮮やかであり、仮に細部の記憶違いがあっても、当事者の認識を表明しているためである。当事者が7080歳に到達する1980年代を中心にインタビューが実施されており、生存中の重要人物の記録としてたいへん参考になった。明星大学の紀要「戦後教育史研究」に翻訳が掲載されている。レイ以外の資料も章末の文献リストに掲載した。

 ただ、本書では、当事者の発言に関して、いちいち注をつけて引用元を明示していない。再構成して地の文になっている部分もある。これは読みやすさを優先したためであるが、根拠は一次史料である当事者の発言・議事録・手紙などに準拠している。

 

 政府世論調査禁止の原因は、食糧メーデー(1946519日)翌日の、マッカーサー声明に関する世論調査企画である――という通説を否定した。これについては関係史料を示しておく必要があるだろう。

 まず、マッカーサー声明。

General of the Army Douglas MacArthurs Statement concerning Demonstrations and disorders by Mass Mobs

 

May 20, 1946

 

I find it necessary to caution the Japanese people that the growing tendency of towards mass violence and physical processes of intimidation, under organized leadership, present a grave menace to the future development of Japan. While every possible national freedom of democratic method has been permitted and will be permitted in the evolution now proceeding in the transformation from a feudalistic and military state to one of democratic process, the physical violence which indisciplined elements are now beginning to practice will not be permitted to continue. They constitute a menace not only to orderly government but to the basic purpose and security of the occupation itself. If minor elements of Japanese society are unable to exercise such self restraint and self respect as the situation and conditions require, I shall be forced to take the necessary steps to control and remedy such a deplorable situation, I am sure the grate mass of the people condemn such excesses by disorderly minorities, and it is my sincere hope that the sane views of this predominate public opinion will exert sufficient influence to make it unnecessary to intervene.

 

参考までに私訳を示す。

暴徒化した大衆によるデモと無秩序に対するマッカーサー司令官の声明

 

1946520

 

日本の人々に警告する必要がある。集団的暴力や物理的手段で威嚇する傾向が、組織的指導のもとで強まっていることは、将来の日本の発展にとって重大な脅威となる。民主的方法による国民の自由は可能な限り認めてきたし、今後も認められるだろうが、それは今進めている、封建・軍事国家から民主国家への転換においてである。物理的暴力は規律を乱す要素であり、それが実践されることは今後とも許されるものではない。行政秩序のみならず、占領の基本的目的と安全そのものに対する脅威となる。日本社会の少数派が、状況や条件の求めに応じた自制心と自尊心を働かせることができないのであれば、この悲しむべき状況を制御・是正するために必要な措置をとらざるを得ない。大多数の人々は、無秩序な少数派によるこのような行き過ぎた行為を非難していると確信している。そして、私の心からの願いは、この良識ある支配的世論が十分な影響力を発揮して、介入を不要にすることである。

 

各紙は翌日の紙面(1946521日)で、各社による翻訳を掲載している。見出しだけを列挙すると、以下のようになる。

<朝日>

暴民デモ許さず

マ元帥、聲明書を發表

 

<読売>

團體的暴力を認めず

マ元帥 大衆デモに警告

 

<毎日>

騒擾デモは許さず

 必要な措置を考慮

  マ元帥聲明

 

 そして、問題となった読売の記事(61日)

 

読売(194661日朝刊2頁)

 

“警告”を“禁止”扱ひ

内閣審議室のデモ輿論調査

 

廿日発表されたデモに関するマッカーサー元帥の聲明は、デモが集団暴行やどうかつ行爲にはしる傾向に對し警告を與へたものであるが、それを勘ちがひしてマッカーサー元帥がデモ禁止を命令したかのやうなうはさがみだれとんでゐる折柄、内務省五階にある内閣審議室輿論調査班では廿日全国各新聞に對し次の通り輿論調査のハガキを発送した

“五月廿日のマ元帥の「デモ許さずの発表」につきまして御地の反響、輿論を御紹介いただければ幸甚に存じます、デモ許さず賛成意見、デモ許さず反對意見その他の意見”

右に関し當の調査票を出し輿論調査班事務官吉原一眞事務官は記者の質問に對し次の如く弁解してゐる

将来この班がやる輿論調査のテストとして私個人が適當な調査對象がないので新聞社宛に出したもので、正式に調査班の仕事としてやったものではない、何通出したら何通返事があるだらうと手近からデモ問題をとりあげて見たまでだ、私個人の住所を書くよりは調査班の肩書をつかった方が回答の率が高いと思って調査班の名前をつかった

 

 

 記事の中で吉原のハガキの文面が書かれているが、完全な内容は以下の通り。朝日の編集局長に出された手書きのハガキをCIEが保存していた。一部マイクロフィルムの保存状態が悪くて判読できないところは空白にしてある。

 

拝啓 御社の御発展を  上げます

五月廿日のマ元帥の「デモゆるさず」の發表につきまして

御地の反響・輿論を御紹介下されば幸甚に存じます

 

( デモゆるさず賛成意見

( デモゆるさず反対意見

( その他の意見

簡単でよろしゅうございますから恐縮ですがお願ひします

 

 

東京都麹町区有楽町二

 朝日新聞社

  編輯局長 殿

 

東京都麹町区霞ケ関

内閣審議室輿論調査班

 吉原一眞

 

 

読売の記事に関してニュージェントが輿論調査課を尋問した記録が残っている。下記に私の転記を示す。オリジナルの文書には、発言者名が冒頭についているが省略した。

ほとんどニュージェントと鵜飼のやりとりであるので、発言者は分かる。

 本書では多少の意訳をしているが、趣旨は逸脱していない。

Conference:         Mr. Ukai of the Public Opinion Survey Section of the Cabinet, with Lt. Col. Nugent, Major Palzel, Lt. Harrison and Nisei interpreter.

Place:                  Room 410, Radio Tokyo Building

Time:                   2 P. M. 4 June 1946

 

In the 1 Jun issue of the newspaper YOMIURI there is an article concerning a public opinion survey by the Cabinet Public Opinion Survey Section. I understand from General Dyke that the General had instructed the Cabinet Public Opinion Survey Section to conduct no surveys whatever until the plan recently submitted was considered and passed upon. Furthermore, in the news paper article it appears that the Survey asks the opinion of the respondents concerning their approval or objective to something which has been forbidden by the Supreme Commander. Mr. Ukai, is that the wording that appeared on the post cards? (showing him the paper)

 

That is the correct statement, and this is the work of Mr. Yoshihara. He didnt conduct the survey exactly as a public opinion survey.

 

If it was conducted in the same spirit as the others, it might not have been called a public opinion survey but it was put in front of the public in that light.

 

In other words, regardless of whether this was a test survey or real survey, it is a survey by the Cabinet Public Opinion Survey Section, an agency of the Japanese Government. Is it right?

 

This survey was conducted by Mr. Yoshihara.

 

Nevertheless, the newspaper states that it was by an official of the Cabinets public opinion survey section, was it not?

 

Since it was difficult to get the opinions of the respondents personally (that is to use his own name) the respondents sent in the replies to the address of the Cabinet Public Opinion Survey Room.

 

Nevertheless, as far as the public is concerned, this was a government public opinion survey, was it not?

 

That would be the impression gained by the public by the way it is written.

 

In other words, the Japanese Government is asking the people of Japan whether they approve a statement made by General MacArthur. Is that right?

 

That is not my impression. I do not know the story very well, because it was conducted by the head of my section and Mr. Yoshihara. But the way I understand it, somebody in SCAP asked the Cabinet for their opinion of General MacArthurs statement. I understand that we were asked to conduct this survey very quietly.

 

By whom?

 

Since I am not in any way connected, I do not know who asked to have the survey conducted.

 

Did Mr. Yoshihara know? Is Mr. Yoshihara the one who conducted the survey? By whos order?

 

He received the order from Mr. Tsukahara.

 

Dose Mr. Tsukahara say that he was asked by somebody in SCAP to quietly conduct such a survey?

 

It was requested by somebody in SCAP who asked somebody in the Cabinet (the Prime Minister or some official in the Cabinet) to find out about the peoples reactions. Therefore, some official in the Cabinet asked the Public Opinion Section to find out about it.

 

Does he mean the new Cabinet?

 

Yes.

 

Is it considered a quite way of finding out to put it in the newspaper and send out post cards?

 

The YOMIURI is the only paper who published it.

 

Who told YOMIURI about this story?

 

Mr. Yoshihara sent post cards out to the editors of each of the newspapers and therefore one of the post cards went to the YOMIURI and they took it up from there.

 

Major Pelzel: You made not attempt to stop YOMIURI from publishing it?

 

I dont know the whole story. That is between the YOMIURI and Mr. Tsukahara.

 

(Major Pelzel left to locate Mr. Yoshihara)

 

I do not know the small details. I am in charge, more or less of the office work of this Section.

 

Col. Nugent: If they were attempting to conduct this survey quietly, it is very strange indeed that Mr. Yoshihara gave an interview to the reporter, which is described in the last paragraph of that newspaper article.

 

Mr. Tsukahara fully realized that it would be wrong to have this type of thing in the newspaper, but it would have been difficult to stop Its being put it.

 

It would not have been difficult to have not given an interview. We will wait and see if we can get Mr. Yoshihara over here from the Liaison Office. I am very much interested to know who in SCAP requested the Japanese Cabinet to conduct a public opinion survey.

 

Mr. Yoshihara is at the Home Affairs Building.

 

Do I understand that these post cards went out only to newspapers?

 

That is what I understand, but I am not sure.

 

Do you know to haw many newspapers they were sent? Were they sent to only Tokyo newspapers or to all newspapers in Japan?

 

To all newspapers.

 

How was this survey to be a test for further public opinions? Ordinarily post cards would be sent to private individuals. Now for s test of such a system, they would have to send post cards to private individuals. This was a test of how many newspapers would respond not a test of how many private individuals would respond.

 

These cards were sent to the editors of newspapers.

 

Then it is not a test of public opinion, but a test of newspaper editors opinion. Is it right?

 

This was not considered as a public opinion survey, but a survey of the opinions of the editors and people who know what is going on.

 

What does it mean when it says: Since private individuals were not deemed suitable as subjects to be surveyed, questionnaires were sent to the newspapers

 

Since they didnt have an adequate sample of people to send it to, they sent it to the newspapers. According to my impression, they must set up samples.

 

It is not an official work of the Public Opinion Survey. But yet the Public Opinion Survey Section allowed its name to be used on the post cards?

 

Yes.

 

(Major Pelzel returned with the information that Mr. Yoshihara was likewise out of his office and was not expected back this afternoon)

 

Mr. Ukai doesnt have the full information. I want to find out who gave the order; why it was done by an individual using the name of the Public Opinion Survey Section; and if the request was not made by someone in authority in this Headquarters, by what right did the Cabinet Public Opinion Survey Section, or any other individuals dare to question any Japanese newspaper or any other individuals concerning a statement made by General MacArthur. We would like to see Mr. Tsukahara tomorrow afternoon. And when Mr. Tsukahara comes, I want him prepared to give us the name of the person in this Headquarters who requested this survey and of whom he requested it in the Japanese Government.

 

Until Wednesday, at 2 P. M.

 

 この件は本書で詳しく書いた。補足的に要点を整理する。

ニュージェントが問題にしたのは、吉原のハガキが「世論調査の実施」であるか、という点にある。そうであれば命令に反するという確認である。さらに想像すればマッカーサー声明に対する日本人からの批判になりかねないとの危惧である。

 

 読売が記事にした動機は「世論調査」の実施自体にはない。

 まず、吉原が朝日の見出し「デモ許さず」に関する反響、と書いたことに「カチン」ときたであろう。

これでは「朝日の記事に対する反響」をウチに聞いているのか、という皮肉も言いたくなるだろう。

 吉原は朝日の見出しを無配慮に使わず、マッカーサー声明のオリジナルを使うべきであった。

たとえは声明のタイトルから「暴徒化した大衆デモ」などを引いて使うべきであった。

それを「デモゆるさず」にしてしまったのは、朝日や毎日の見出しからの影響である。報道各社への配慮がない。マスコミ対策としてのミスである。やはり各社に失礼であろう。

ただ、朝日の見出しだけが後世まで残っている事実は、結局は朝日の見出しが強く印象に残ったということを示している。

 読売の主張は、声明は<暴力を許さない>と言っているのであり、デモを禁止(許さない)とは言っていないではないか、という点にある。朝日の見出しではデモ禁止の誤解を与える、ということである。

 朝日にも言い分はある。<暴民>による<デモは許さない>ことを、短く「暴民デモ許さず」としたので、間違ってはいないだろ、デモ一般とは書いてないだろ、ということである。

 毎日の「騒擾デモは許さず」は朝日と同じ見出しだが、騒擾は暴民より難しい用語であるし、現在は使われることは少ない。おそらく当時でも難しい言葉だったのではないか。

結局は朝日の「暴民デモ許さず」が人々に強い印象を与えた。

 日経の記事は未確認。テレコンに1946年が収録されていなかった。

大学図書館や国会図書館には1946年の現物かマイクロフィルムの新聞が収蔵されているかも知れないが、コロナ禍で一般人の利用は難しかった。いずれかの機会に1946年の日経も確認したい。

 

 

 「日本人の読み書き能力」調査をめぐる記述は、章末に掲載した勝岡(1986)に負うところが多い。

ペルゼルが報告書を書かなかった状況の記述は勝岡論文によるが、本書では引用注をつけていない。

重要なのはペルゼルの調査計画書である。

これも勝岡論文から引いているが、若干の用語について修正した。

ペルゼルの14頁の計画書は、国会図書館のフィルムを拡大コピーしたが不鮮明な部分もある。いずれ丁寧に読んで公表したい。

 

<略称と人名>

GHQ:連合国最高司令官総司令部(General Headquarters, the Supreme Commander for the Allied Powers

CIE:民間情報教育局(Civil Information & Education Section

POSRPublic Opinion and Sociological Research

NBCNational Broadcasting Company

Y&RYoung & Rubicam

PSDProgram Service Division

ISRInstitute for Social Research

ダイク(Kenneth Reed Dyke 1899 - 1980

ニュージェント(Donald Ross Nugent1903 ? 1983

ホール(Robert King Hall1912 - 1981

リッカート(Rensis Likert 1903/8/5 - 1981/9/3

ペルゼル(John Campbell Pelzel1914/7/25 - 1999/10/18

パッシン(Herbert Passin 1916/12/16 - 2003/2/26

ベネット(John W. Bennett 1915/7/18 - 2005/2/1

 

 

 

【第5章 】

 

 ダイジェスト社の大統領選の予測は、1936年で失敗したが、それ以前の3回の選挙では的中させている。

出所:W. Joseph Campbell (2020). Lost in a Gallup: Polling Failure in U.S. Presidential Elections. University of California Press.

 

「米國の輿論診断」(ギャッラプ&レー著,大江専一訳)から、ダイジェストに言及している部分を引用する。

「ザ・リテラリ・ダイジェスト」誌は1895年に発刊,読者獲得の目的で名簿作成を進めた.1895年の35万人から始め,1900年に685千人,1932年までに2,000万人に達した.上中級収入者を網羅し,社会的にみると法律家,医者,建築家,工業技師,クラブ員,実業家,商人などが圧倒的.「低収入者群を除いた大物揃い」.1916年から予測調査開始.

1916年.大統領選.全国の読者が対象.葉書郵送法.

1920年.大統領選.電話番号簿から1,100万人を抽出.

1922年.10,108,437人の電話使用者に.約80万人回答

1924年.1,500万人の自動車・電話.減税法.

1928年.大統領選.1,800万人.フーヴァー当選を的中.

1930年.2,000万人の自動車所有者と電話加入者.約500万人回答

1932年.大統領選.2,000万人.ルーズベルト当選を予想.

1936年.大統領選.「ダイジェストの調査は百万人の聖典である」(社説).自動車・電話1,000万人.2,376,523回答.

 

 

本書で無作為抽出について言及している部分があるので引用する。翻訳の54頁だが、日本語が古いこともあり、一部変更した。ギャラップは無作為抽出が現実的にはできないという認識を表明している。

無作為抽出標本は,大衆が同質の場合は,精度は相当高くなり得,多くの場合,最も簡単な標本抽出法であるが,うまく利用できない時もある.――すなわち,全体を通じて平等に分配されていない多数の異質要素で構成されている場合もある――.さらに,各単位が,標本に抽出される機会が等しいことを保証できる無作為標本抽出ができない程に,全体が広く分散しており,手の届かないような場合がないこともない.

 

1936719日のthe New York Timesに、ギャラップが出したニュースリリースが記事になっているので、引用する。

DR. GALLUP CHIDED BY DIGEST EDITOR
Funk Objects to Statement Concerning Poll
Before It Was Even Started.

 

Dr. George Gallup, director of the American Institute of Public Opinion, which recently has discovered indications of a voters trend away from President Roosevelt, was taken to task yesterday by Wilfred J. Funk, editor of The Literary Digest.

In an open letter Mr. Funk, writing as editor of a publication which has conducted a number of polls on Presidential campaigns, objected to what he considered a gratuitous statement by Dr. Gallup. The statement said that, if The Literary Digest were conducting a poll at the present time * * * the actual figures would be in the neighborhood of 44 per cent for Roosevelt and 56 per cent for Landon.

I am beginning to wish, Mr. Funk wrote, that the esteemed Dr. Gallup would confine his political crystal-gazing to the offices of the American Institute of Public Opinion and leave our Literary Digest and its figures politely and completely alone.

Weve been through many poll battles, Mr. Funk added. Weve been buffeted by the gales of claims and counter-claims. But never before has any one foretold what our poll was going to show before it was even started.

Dr. Gallups article, Mr. Funk said, declared that an accurate and scientific poll should divide the voters into three classes, the rich, two-tenths. The Literary Digest, Mr. Funk said, has never rich men, poor men, G-men, racketeers and candlestick makers voted in a given election. Income tax returns have indicated, however, he declared, that less than 10 per cent of the 39,000,000 voters in the 1932 election made $1,000 a year.

 

 

 本書を読んで下さった小野裕亮氏(SAS Institute Japan株式会社 JMPジャパン事業部)から、さっそく連絡を頂いた。ギャラップが各紙にリリースした19367月の記事に関して調査して下さった。

その報告を小野氏の了承を得てここに掲載し、広く読者に情報提供したい。鈴木が確認したのは上記のように719日のニューヨーク・タイムズである。712日のワシントン・ポストの記事は、杉野(2005)が確認している。

杉野勇(2005).1936年大統領選の実際―Literary DigestGallup再訪.「相関社会科学」第15号.東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻.

 下記に小野氏が書いているように、ギャラップは各紙にリリース原稿を送り、各紙の判断で紙面に掲載されたのである。ギャラップが各紙にリリースを送った話は、Converse(1987) で知ったのだが、同書を鈴木に教えてくれたのは、小林和夫氏(故人)で、約20年前、鈴木が「1936年の米大統領選予測がおかしい」と騒いで、西平重喜氏や小林氏に疑問を呈していた頃である

 小野氏の報告の中で、鈴木にとって新しい知見は、ギャラップが7月段階で「支持率でルーズベルト、選挙人でランドン」と予測していたということ。鈴木はその確認をしていない。

なお、ダイジェスト社は全米の支持率(支持数)のほか、州別の数値も掲載しているので、選挙人の計算ができるのだが、それも未確認である。いずれにせよ、予測にとって、最終的に意味があり、重要なのは全米の支持率ではなく、選挙人である。州別に勝敗を予測し、全米の選挙人を合計する手順を踏む必要がある。

 

     小野裕亮氏からの報告(2021917日) ■

 

『世論調査の真実』p.185における ギャラップが寄稿した1936712日記事について興味を持ち,少し調べてみました.以下に調べた結果を申し上げます.

 

 

会員制有料サイトですが,米国の新聞記事アーカイブサイトである Newspapers.com にて,1936712日の記事を見ることができます.いくつかの新聞に転載されていますが,例えば 以下URLThe Los Angeles Times 12面に同寄稿記事は掲載されています.

 

[URL] https://www.newspapers.com/newspage/380554598/

(注:閲覧のためには,有料サブスクライブする必要があります.)

 

この The Los Angeles Times 12面では,大見出しを”July Poll of Nation Shows Landon Has Electoral Vote Lead”としています.ややこしいのですが,この1936712日段階では,GallupInstitute of Public Opinion(以下,IPO)では,支持率(sentiment)では Roosevelt が上回っているものの,獲得選挙人は Landon が上回っていると推定しています.

 

この12面にて,IPO名義で”RACE WILL BE CLOSEST SINCE 1916 ELECTION”というタイトルの記事が掲載されています.なお,新聞記事のタイトルは,執筆者や寄稿者ではなく,新聞社が決めているようです.新聞によってタイトルは違います.また,紙面の都合上,一部をカットしている新聞もあります.

 

以下,同記事について,正確な訳ではなく,大まかな要約をいたします.

 

同記事では,まず,1936年の大統領選は接戦であり,そのため各機関で選挙調査の予想が異なっているとしています.そして,<もしも仮に Literary Digest がいつもと同じ手順に従い,現在,その調査を実施したならば,Landon がリードするだろう.その数値は,Roosevelt 44%で,Landon 56%ぐらいだろう>と述べています.

 

そのあと,<Digest がカバーしているのと同じリスト(the same lists covered by the Literary Digest)に調査票(ballot)の一部をIPOは送付したので,[もしDigestがいま調査を行なったら]Digestが見出すであろう支持率を,高い精度で予測することができる>と述べています.

 

そして,<そのリストは,電話加入者,自動車所有者,投票登録者で構成されている>と説明しています.このあと,該当のリストには経済的水準が高い人が多く含まれており,かつ,経済的水準の高い人の回答率が高いことに触れ,<もしも,投票人口の下位1/3 が完全に調査された(be fully represented)ならば,Roosevelt の割合は 44%から 52%になる>と推定しています.つまり,IPOは郵送法の回収率が低い貧困層も追加で調査したと思われます.

 

続けて,Digest IPO との違いは,<Digest は配布する調査票数によって信頼性を担保しているのに対し,IPO は調べる横断面(cross-section)の特徴によって信頼性を担保している点>と述べ.また,Digest は郵送だけで調査票を送付しているのに対し,IPO は郵送だけでなく,個人的な調査員によっても送付しており,郵送法だけでは回答しない人からも回答が得られている,としています.

 

仮想例として 1000名の投票者がいる町で,200名の投票者が西側の裕福な地区,600名の中間的な地位の投票者が中心街,200名が貧困街に住んでいたとしたら,という例を挙げています,Digest は,それら1000名に調査票を郵送して,中間層と裕福層からより多くの回答を早く受け取るのに対し,IPO は回答数の比が200: 600: 200になるように,郵送調査だけではなく,調査員調査も行うと利点を強調します.

 

最後に,<前回4回の大統領選挙では,経済階級による違いが現在ほどなく,経済的階級が低い人々は投票するインセンティブがなく,また,大差の勝利であったため小さな誤差が問題にならなかった>ことを指摘しています.

 

 

以下,個人的な感想です.

@この記事は 1936712日のものであるが,大統領選は11月なので,この時点で11月選挙の勝者を当てたとしても,Gallup の予測精度がいいことを意味しないだろう.しかも,Gallup 19367月の段階では,選挙では Landon の方が優勢と予想していた.

Aこの話から汲み取れる教訓は,<無作為抽出の大切さ>ではなく,せいぜい,<無回答率を下げるのには混合方式(mixed mode)がいいかもしれないこと>ぐらいであろう.

Bこのとき,Gallup が持っていた標本抽出枠は,Literary Digest のものとは同じではなく,あくまで,真似て作ったものだろう.

C 19367月には Literary Digest は調査を実施・発表していないので,同記事のGallupによる想像が正しいかどうかは誰も分からない.

 

都市伝説の “3000” という数値がいつから始まったのかは分かりませんが,Gallup 19381014 Tampa Bay Times 28面で,3000 あれば正確な結果が出ると宣伝しています.また,1948108 The Pittsburgh Press 27面にて,「どうして私はこれまで調査されていないのだ? また,調査された人を知らないぞ」という仮想の疑問に対して,(仮想の数値例として)3000人しか調査していなかったとしたらどれぐらいの確率で調査対象に選ばれるかを計算しています.さらに,孫引きですが,Converse (1987, 2009: e-Book edition p.121) によると,1936年 秋にある雑誌(Scribner’s Magazine)にて,<商業調査の多くの分野においては,3,000-4000ぐらいの全国標本で完全に十分である>と述べているそうです.

 

なお,Converse (1987, 2009: e-Book edition p.121)によると,Literary Digest は,1934-35年において,深刻な財政問題のために,郵送法の標本を半分に(2千万から1千万に)減らしたとのことです.

 

Gallup 1935-1936年以降は主戦場および収入源が新聞だったようで,かなり多くの解説記事を寄稿しているようです.あまりにも多くて,私はよく追えていません.

 

 

参考文献:Converse, J. M. (1987) Survey Research in the United States: Roots and Emergence 1890-1960, The University of California Press.

 

 

1936年はダイジェスト誌に9回に分けて掲載された。

 

ルーズベルトが単調に上昇している。

 

東京朝日新聞、1936年(昭和11年)1026日で、大統領選挙の情勢を報道している。米國輿論調査局と訳されているのは,American Institute of Public Opinion ( AIPO ) という現在のギャラップ社である.

 

なお、1936年の選挙結果の得票数も詳しく見ると、あいまいな部分がある。米大統領選に関して信頼できる資料は,“Congressional Quarterly's guide to U.S. elections” であるが,この1976年版と1994年版を比較すると,図表に示すように各候補者の得票数が変わっているのである.もっとも勝者が入れ替わるような違いではない.

 

米国大統領選挙(1936)の結果(得票数と得票率)

出所:Congressional Quarterly's guide to U.S. elections

 

 

 「重ね聞き」の影響を確認するため、次に各社同日調査となった麻生太郎内閣発足後の内閣支持率をみると、日経の第一段の支持率がもっとも低かった。

 

民主党政権の鳩山内閣で「重ね聞き」の影響を確認すると、6ポイント程度である。

 

電話調査よりも、調査員による訪問面接調査のほうが、各社の違いが著しい。各社の管理方法が大きく影響する場面が多いのである。

小泉内閣が長期であり、またこの時期は読売と時事が毎月実施していたので、比較しやすい。両者の内閣支持率を折れ線グラフで比較する。

 

 各社で内閣支持率が、平均的にどの程度の違いになっているかを、平均平方の平方根で確認。これも小泉内閣のデータが多いこともあり、事例とする。表では同日調査と、実施日は違うが同月実施の場合とを分けて計算した。

 もっとも乖離が大きいのは、読売と時事であった。平均的に9ポイントも違う。つまり、電話調査よりも調査員調査のほうが、違いが大きいということである。

小泉内閣支持率の各社間の積率相関係数

 

小泉内閣支持率の差異のRMS(平均平方の平方根)

 

 

【第6章 】

 

 本書と同じグラフだが、20歳代の構成比を、母集団(国勢調査)と、世論調査で比較した。2016年は4月から携帯電話を含めたので、2017年より差異が大きい。

 

 日銀による不正事件のあと、急激に回収率が低下した調査事例のひとつとして、内閣府の「社会意識に関する世論調査」を示す。